大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)39号 判決 1977年11月17日
原告 達山忠明
被告 枚方税務署長
訴訟代理人 宗宮英俊 玉井博篤 ほか三名
主文
一 被告が原告に対し、原告の昭和四四ないし四六年分の所得税について昭和四八年一月二九日した各更正処分(ただし、昭和四五年分所得税については昭和四九年一二月二〇日減額再更正した後のもの)のうち、次の部分をいずれも取消す。
1 昭和四四年分所得税の総所得金額を五三五万九四〇三円とした更正処分のうち、三五一万三一七一円を超える部分
2 昭和四五年分所得税の総所得金額を六六六万八五九五円とした更正処分のうち、四五三万八五〇〇円を超える部分
3 昭和四六年分所得税の総所得金額を六三九万一二一六円とした更正処分のうち、五四八万二一九四円を超える部分
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担としその余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判<省略>
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、その昭和四四ないし四六年分の所得税について、被告に対し別表(一)(1)のとおりそれぞれ確定申告書を提出したところ、被告はこれについて原告に対し別表(一)(2)のとおりそれぞれ更正及び過少申告加算税賦課決定処分をしたので、原告はいずれも法定の期間内に異議申立、審査請求をしたが、すべて棄却された。(なお、昭和四五年分所得税については、別表(一)(2)のとおり昭和四九年一二月二〇日減額再更正がされた。)
2 しかしながら、右の各更正処分(ただし昭和四五年分所得税については減額再更正をした後のもの、以下これらを本件各処分という。)は原告の所得を過大に認定してした違法があるので、いずれもその取消を求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因1の事実は認める。2は争う。
三 抗弁
1 原告の昭和四四ないし四六年分の各総所得金額とその計算、内訳は別表(二)及び(三)のとおりである。(以下これらのうち、特に問題となる点を説明する。)
2 昭和四五、四六年分の外注費
(一) (計算の方法)
原告の昭和四五、四六年分の外注費については、原告の主たる売上先である訴外中央電気工業株式会社(以下、中央電気という。)において原告と同様にいわゆる専属的下請を業としている電気工事業者のうち、昭和四五、四六年において、(1)個人で事業を営んでいるもの、(2)継続して事業を営んでいるもの(年の途中で開業又は廃業をしていないもの)、(3)、青色申告書を提出しているもの、(4)、その他特殊事情を有していないもの、の全部の要件に該当するもの(以下、同種業者という。)を選定し、それらのものの前記各年分の売上金額に対する給料賃金の金額と外注費の金額との合計額の割合(以下、外注費等の率という。)を算出し、その平均値を原告の売上金額に乗じたうえ、原告の給料賃金額を控除して算出したものである(別表(三)(1)ないし(3)参照)。
(二) (推計の適法性)
被告が前記(一)の方法で原告の外注費を推計したことは適法である。なぜならば、原告はその昭和四五、四六年分の外注費の算定の資料として、領収証等の書類と原告の妻又は従業員の作成したメモ帳があるので右資料によつて実額計算すべき旨を主張するが、右のメモ帳は、その作成された経緯に疑問があるうえ、支払先の住所氏名はもとより、人夫・土工の内訳の記載すらなく、ずさんなものであつて、到底信用することができないから、結局推計によるほかはないからである。
(三) (推計の合理性)
被告の前記の推計は合理的である。すなわち被告の選定した同種業者は、いずれも中央電気の専属的下請電気工事業者であり、原告を含む右の業者は、中央電気によつて年間を通じてほぼ同様の内容の仕事を行うように、また、年間の利益率もほぼ平均化するように、調整されていたものであるから、相互に極めて類似した業者といえるのである。そして、これらの業者には、その営業形態上、常雇いの従業員を中心にする者と、臨時雇いの人夫等を中心にする者とがあつて、前者では給料賃金額の、後者では外注費の、それぞれ全体の経費に対する割合が高くなる傾向はあるが、給料賃金と外注費との合計はいわゆる人件費に該当し、業者自身も両者を必ずしも明確に区別していない状況にあるから、右の合計額を用いて前記の方法で原告の外注費を推計したのは合理的である。
3 昭和四四年分の総所得金額
原告の昭和四四年分の総所得金額については、売上原価及び必要経費の計算の資料がないので、同年分の売上金額に昭和四五及び四六年分の各所得率(売上金額に対する総所得金額の割合)の平均値を乗じて算出したものである(別表(二)(4)参照)。
4 以上のようにして算出した原告の昭和四四ないし四六年分の各総所得金額は、本件各処分における総所得金額を超えることとなるので、本件各処分は適法である。
四 抗弁に対する認否及び原告の主張
1 抗弁1のうち、次の点を認め、その余は争う。
(一) 昭和四五、四六年分の売上原価
(二) 昭和四四ないし四六年分の中央電気に対する売上金額
(三) 昭和四五、四六年分の給料賃金及びその他の必要経費並びに昭和四五年分の接待交際費の各金額
2 抗弁2のうち、原告が中央電気の下請を業とする電気工事業者であることは認め、その余は争う。原告の昭和四五、四六年分の外注費について被告の行つた計算は、実額によるべきところを推計によつた違法があるので失当である。すなわち、右の外注費算定の資料としては、領収証等と原告の妻又は従業員の作成したメモ帳があるので、実額計算が可能である。被告は右のメモ帳を信用できないというが、支払先の住所・氏名の等記載がないのは、原告はその営業上臨時雇いの人夫等を使うことが多く、それらはいわゆる日雇いの労務者であるため、氏名等を明らかにしたり領収証等を受け取つたりすることができないからであつて、メモ帳の記載自体は、原告又はそれに代わる現場監督からの報告を受けてなされた正確なものである。
また、被告の推計は合理性を欠いており、失当である。すなわち、被告の選定した同種業者はその営業内容が各業者ごとにさまざまであつて、被告のいわゆる外注費等の率も決して一様なものではないから、被告主張の方法で原告の外注費を推計することは全く不合理である。
3 抗弁3は争う。
4 原告の昭和四四ないし四六年分の売上先は、中央電気だけである。したがつて、売上金額は昭和四四年分から順次三四五一万円、四五一八万三八四〇円、四一一五万四〇〇〇円である。
被告は、本件訴訟が提起される前には中央電気以外の売上先について全く主張していなかつたのであるから、本件訴訟でそれらについて主張することは、審判の対象を不法に拡大するものとして許されない。
5 原告の昭和四五、四六年分の外注費は、領収証等のある分とメモ帳に記載された分の合計、すなわち昭和四五年分が一九四六万三〇一四円、昭和四六年分が一六八四万五九〇五円である。
また、昭和四六年分の接待交際費は六四万一八〇〇円である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実及び抗弁1の事実のうち、(一)昭和四五、四六年分の売上原価、(二)昭和四四ないし四六年分の中央電気に対する売上金額、(三)昭和四五、四六年分の給料賃金及びその他の必要経費並びに昭和四五年分の接待交際費の各金額、抗弁2の事実のうち原告が中央電気の下請を業とする電気工業者であることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 昭和四四ないし四六年分の売上金額
原告は、被告が本件訴訟提起前に主張していなかつた原告の昭和四四ないし四六年分の中央電気を除くその余の者に対する売上について、本件訴訟で主張することは審判の対象を拡大するものとして許されないと主張するが、更正処分取消訴訟において納税者が処分における所得金額の認定を過大であるとして争う場合に審判の対象になるのは、認定された租税債務が客観的に存在するか否かによる処分の適否であり、原処分、異議申立又は審査請求の際に考慮されなかつた所得認定のための事実を、訴訟において新たに主張することも時機に遅れない限り許されると解されるから、原告の右主張は失当である。そこで、中央電気を除くその余の者に対する売上について検討する。
右のうち、三栄電気工業株式会社、細川電気工業株式会社及び山本博哉に対する売上は、<証拠省略>により、いずれも被告主張のとおり認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、三栄電気工業株式会社に対する売上については、他の二者に対する分のような、<証拠省略>に相当する、再度の、より詳細な照会・回答が行われたことを認める資料はないが、証人黒川昇は、三栄電気工業株式会社に同証人が直接おもむいて右売上を確認した旨証言しており、右証言は信用できるので、前記のように認定する。
他方、高山孝満、大槻一郎及び奥田安五郎に対する売上については、<証拠省略>にはそれに副うかのような部分もあるが、しかし、いずれも<証拠省略>及び弁論の全趣旨により成立を認める<証拠省略>の記載に照らすと、右部分によつては高山外二名に対する売上があつたことを認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三 昭和四五、四六年分の外注費
被告は、原告の昭和四五、四六年分の外注費は推計によるべき旨主張するので、右推計の適法性・合理性について判断する。
原告は右外注費について、領収証等と二冊のメモ帳(甲第二、第三号証)の記載により実額計算すべき旨主張するのであるが、<証拠省略>によつても、甲第二、第三号証の作成された経緯に不明瞭な点が存することは否みがたく、また右各甲号証は金銭を支払つた相手方の氏名や、人数の記載すら欠いているのであつて、右のメモ帳の記載が実額計算の資料にできるほどの正確性をもつていると認めるには少なからぬ疑問が残ることは否定できない。
しかしながら、被告の採用した同種業者の外注費等の率に基づく推計については、その合理性に問題がある。すなわち、<証拠省略>によれば被告は中央電気の下請を業としている電気工事業者について抗弁2(一)(1)ないし(4)の要件に該当する同種業者を選定したこと、その売上金額及び外注費等の金額は別表(三)(1)(2)のとおりであることが認められる(ただし、同種業者が中央電気のいわゆる専属的下請業者であることを認めるに足る証拠はない。)が、原告は本人尋問において、中央電気の下請電気工事業者の中にも、その営業内容や従業員の人員構成(常雇いと臨時雇いの比率)に種々様々なものがある旨供述しており、右供述は、同種業者の外注費等の率が別表(三)(1)、(2)のとおり、昭和四五年分で五一・二四パーセントから七二・三〇パーセントまで、昭和四六年分で五三・九四パーセントから七五・七一パーセントまでと、その開きがいずれも二〇パーセント強あることからも信用できる。もつとも、証人黒川昇は同証人が中央電気に調査におもむいた際、同社では下請電気工事業者に大体同じような仕事をさせ、その利益率も年間を通じてほぼ同じになるよう調整している旨聞いたと供述しているが、右の聞き取りの内容は、信頼すべき資料によつて裏づけられたとは認めがたいうえ、前述のような同種業者の外注費等の率に少なからぬ開きがある事実からいつても、直ちに採用することができない。そもそも被告のいう外注費等の率は、同じ電気工事業を営む者にあつても、各業者の営業内容や従業員の人員構成・人数によつて影響されるものと考えられるところ、被告が推計の資料とした同種業者については右営業の内容、従業員の構成等が全く明らかでないのであるから、右資料がはたして原告の外注費を推計するに適するものかどうか判定することができない。以上のような理由で、被告主張の推計方法は合理性を欠くものと言わざるをえない。ちなみに、原告主張の外注費の額及び当事者間に争いのない給料賃金の額と、前記二で認定した売上金額とを用いて被告が同種業者について行つた方法で原告の外注費等の率を算定してみると、次の算式のとおり、昭和四五年分六六・六九パーセント、昭和四六年分七〇・二七パーセントとなるのであつて、この数値は、別表(三)(1)、(2)の同種業者の外注費等の率中ほぼ中位にあり、決して奇異なものではない。
(19,463,014+10,671,075/45,133,840)×100 = 66.99(%)
(16,845,905+12,596,979/41,897,000)×100 = 70.27(%)
このように、外注費についての被告主張の推計方法が合理性を欠き、他にこれを認定すべき資料がない以上、外注費の額は原告主張のとおりとして必要経費を算出するほかはない。
四 昭和四六年分の接待交際費
<証拠省略>によれば、原告の昭和四六年分の接待交際費の額は四六万〇二一〇円であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
五 昭和四四年分の総所得金額
<証拠省略>によれば、原告の昭和四四年分の売上原価及び必要経費の算定の資料は全く存在しない事実が認められるので、原告の昭和四四年分の総所得金額(事業所得の金額)は推計によつて算定するほかはない。そして弁論の全趣旨によると、原告の営業状態及び電気工事業界の経済情勢には昭和四四年と翌四五年の間にさしたる変動はなかつたことが認められる。したがつて昭和四四年分の総所得金額は、同年分の売上金額に昭和四五年の所得率(総所得金額の売上金額に対する割合)を乗じて算定するのが相当である。なお、被告は右推計に当り売上金額に乗ずべき所得率として昭和四五年と昭和四六年の所得率の平均値を採用するが、本件においてそれが昭和四五年の所得率を採用するよりも合理的であるとする理由は見出しがたい。
六 結論
前記一ないし五で述べたところを要約して、その結論を示すと別表(四)のとおりになる。したがつて、被告の本件各処分のうち、
1 昭和四四年分所得税の総所得金額を五三五万九四〇三円とした更正処分のうち、三五一万三一七一円を超える部分
2 昭和四五年分所得税の総所得金額を六六六万八五九五円とした更正処分のうち、四五三万八五〇〇円を超える部分
3 昭和四六年分所得税の総所得金額を六三九万一二一六円とした更正処分のうち、五四八万一一九四円を超える部分
は、いずれも原告の総所得金額を過大に認定してした違法がある。
よつて、原告の本訴請求は右の各部分の取消を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川恭 増井和男 西尾進)
別表 (一)(二)<省略>
別表(三) 被告の主張(抗弁)-その2(外注費の推計)
(1) 昭和45年分の同種業者の売上金額等(単位円)
同種業者
<1>売上金額
<2>給料賃金と外注費との合計額
外注費等の率
<2>÷<1>(%)
A
13,398,000
6,866,170
51.24
B
30,046,500
17,702,265
58.91
C
41,583,000
28,244,119
67.92
D
32,252,700
20,117,594
62.37
E
37,837,150
27,357,103
72.30
平均(注)
62.54
(注)(51.24+58.91+67.92+62.37+72.30)÷5 = 62.54
(2) 昭和46年分の同種業者の売上金額等
同種業者
<1>売上金額
<2>給料賃金と外注費との合計額
外注費等の率
<2>÷<1>(%)
A
17,445,000
12,410,658
71.14
B
25,562,910
13,790,446
53.94
D
21,581,400
13,384,782
62.01
E
31,531,350
22,850,485
72.46
F
43,718,000
33,098,997
75.71
平均(注)
67.05
(注)(71.14+53.94+62.01+72.46+75.71)÷5 = 67.05
なお、同種業者欄の符号で昭和45年分と同一のものは、同一業者であることを示す。
(3) 原告の外注費の金額
年分
昭和45年
昭和46年
<1>原告の売上金額
45,861,840
41,937,000
<2>同種業者の外注費等の率の平均
(%)
62.54
67.05
<3>原告の給料賃金と外注費との合計金額
<1>×<2>
28,681,994
28,118,758
<4>原告の給料賃金の金額
10,671,075
12,596,979
原告の外注費の金額
<3>-<4>
18,010,919
15,521,779
別表(四) 当裁判所の認定
(1) 総所得金額(単位円)
年分
昭和44年
昭和45年
昭和46年
A 売上金額
34,976,000
45,183,840
41,897,000
B 売上原価
(不明)
270,233
1,061,913
C 必要経費
(不明)
40,375,107
35,352,893
総所得金額
A-B-C
(注)
3,513,171
4,538,500
5,482,194
(注)後記(4)参照
(2) 売上金額の内訳
年分
売上先
昭和44年
昭和45年
昭和46年
中央電気工業株式会社
34,510,000
45,183,840
41,154,000
三栄電気工業株式会社
466,000
0
624,000
細川電気工業株式会社
0
0
75,000
山本博哉
0
0
44,000
計
34,976,000
45,183,840
41,897,000
(3) 必要経費の内訳
年分
昭和45年
昭和46年
外注費
19,463,014
16,845,905
接待交際費
721,421
460,210
給料賃金
10,671,075
12,596,979
(注)
その他の必要経費
9,519,597
5,449,799
計
40,375,107
35,352,893
(注)別表(二)(3)の(注)を参照
(4) 昭和44年分の総所得金額の算定
34,976,000×(4,538,599/45,183,840)= 3,513,171
(昭和44年分の売上金額)×(昭和45年分の総所得金額)/(昭和45年分の売上金額)=(昭和44年分の総所得金額)